2026.6.30

【50周年特別企画】平成元年、北海道から入社。西山達矢、37年の歴史。

みなさんこんにちは!マーケティング担当の清水です。今回は佐川CEOと一緒に、取締役COOの西山さんへのインタビューを行いました! シー・エス・エスが創業50周年を記念するこのタイミングで、西山さんへのインタビューを開催。西山さんは今期退任されることが決まっています。ご自身が会社と共に歩んだ37年間の軌跡と、これからのシー・エス・エスについて伺った内容をお届けします。

【プロフィール】西山 達矢(にしやま たつや)

1989年に新卒入社後、化学薬品メーカー、通信キャリアなどのシステム開発の最前線で活躍。開発部長や営業本部長を歴任し、2015年に取締役に就任。開発・営業部門を統括、取締役COOとして全社の成長を牽引した。創業50周年という大きな節目を機に、37年間駆け抜けた同社を2026年6月末に退職(予定)。趣味はドライブ。

インタビュアー:代表取締役CEO 佐川 学
モデレーター:デジタル・マーケティング部 清水 麻友

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1. トレンディドラマに憧れて37年。旭川から、夢見た渋谷へ

西山さんは、シー・エス・エスに入社されてから通算で何年になりますか?

西山: そうですね、気づけばもう37年になります。私が入社したのは会社が設立されて13年目くらいの頃で、当時は社員が130人ほどいた時代でした。

佐川: 130人もいたんですね。旭川から出てこられたとのことですが、そもそもどうして東京へ出ようと思ったんですか?

西山: 正直に言うと、当時のトレンディドラマの影響をモロに受けていましたね(笑)。トレンディドラマが流行る前にやっていた、松田優作の「探偵物語」で東京いいなー、とかあぶない刑事で横浜いいなーとか、トレンディドラマで渋谷いきたいなーとかね。田舎者はそんなものです。「渋谷に本社がある会社だから、あのおしゃれな渋谷でキラキラしたシティライフを送るんだ!」とワクワクしながら北海道から出てきました。 ところが、いざ働き出してみたら、世田谷のアパートから徒歩20分、自転車で5分かけて駅まで行って、そこから毎日、赤坂にあるクライアント先に直行直帰する日々(笑)。そこに9年くらい住んでいました。

佐川: (笑)。「渋谷でキラキラ」のはずが、赤坂へ直行直帰だったんですね。

西山: そうそう。当時はクライアント先での業務が基本でしたから、本社のある渋谷に行く機会自体がそもそも滅多になくて。そうやってバタバタと現場で必死に働いているうちに、気づいたらオフィスは五反田になってました(笑)。

佐川: ええっ!(笑)

西山: だから、一度も渋谷の本社オフィスで腰を落ち着けて働くことがないまま、シー・エス・エスの渋谷時代が終わってしまったという(笑)。

佐川: まさかの「渋谷を夢見て上京したのに、バタバタしているうちに五反田に移転して一度も渋谷で働けなかった」という、壮大なオチだったんですね。実は私、当時はまだ小学生でしたが、一度だけその狭かった渋谷の本社オフィスに行ったことがあるんです。子どもながらに「これが会社か」と感動したのを覚えています。

西山: 結構狭かったですけどね(笑)。でも、たまに集まると距離が近い分すぐに相談できましたし、「これから会社を大きくしていくんだ!」というワクワク感や、不思議な一体感がありましたね。

 

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2. カタカナでプログラムを書いた新人時代、そして自分の仕事が世の中に形として出た日

エンジニア時代、最初はどのような開発をされていたんですか?

西山: 最初の現場は化学薬品メーカーだったのですが、そこで使っていたのが「日本語COBOL(CANO-AID)」でした。命令文を「モシ」とか「カク、ヨム」とか、すべてカタカナで書くんです。

佐川: カタカナ! それは今では考えられない環境ですね。

西山: そう(笑)。しかも、コンパイル 1回するのにもすごく時間がかかるんです。当時はCPUの使用コストが高かったのか、「コンパイルは1日3回まで」と制限されていて、10回もやると課長に呼び出されて怒られたりしました。とにかく毎日必死でしたね。

佐川: コンパイルの回数制限だなんて、今のエンジニアが聞いたら驚くでしょうね。当時はCPUの使用コストも高かったでしょうし、そういった従量制のような背景があったからこその制約だったのかもしれないですね。

そんな厳しい制約の中で開発をされていたんですね。苦労も多かったと思いますが、その中でも特に達成感を感じたプロジェクトはありますか?

西山: そうですね。端から見たら地味な作業の積み重ねかもしれませんが、5年目に携わった「通信会社の新規PHSサービスの立ち上げプロジェクト」は忘れられません。システムをゼロから構築して、自分が作ったサービスがCMで流れるのを見た時は、「あぁ、自分の仕事が世の中に形として出ているんだ」と、とても感動しましたね。

佐川: それはエンジニアとして、非常に感慨深い瞬間ですよね。先日ドライブをしていて、海にかかる大きな橋を見かけた時にふと思ったんですけど、ああいう巨大な建造物って、それを作った人が子供や親に「これ、お父さんが作ったんだよ」って説明しやすいじゃないですか。

西山: あぁ、わかります。東京タワーや東京スカイツリーのような大きな建物もそうですけど、目に見えるものだと「すごーい!」ってなりやすいですよね。

佐川: そうなんです。私たちのシステム開発も、あきらめずにあんな巨大建造物を作るのと同じくらいの手間がかかっているはずですが、どうしてもパソコンの中に収まってしまうから、なかなか凄さが伝わりにくい。

西山: 本当にそうですね。だからこそ、当時はまだ一般の人がITに触れる機会も少なかった中で、自分が関わったものがCMになったり世の中に形として出たりするのは、格別に嬉しかったんだと思います。自分の仕事が誰かの生活の一部になったんだなと、すごく実感が湧いたのを覚えています。

佐川: そうやって西山さんが積み重ねてきてくれたものが、今のシー・エス・エスという会社を支えているんだと、改めて感じますね。

3. 苦労の先にあった「信頼」の本質

— 37年のキャリアを振り返って、西山さんの中で「仕事のやりがい」はどのように変化してきましたか?

西山: 面白いもので、ふとこれまでの現場を思い返してみると、大変だった時のことばかりが鮮明に蘇るんです。正直なところ、毎日定時で帰れるような現場って全然覚えてないんですよね(笑)。

佐川: (笑)。それは私も同感です。トラブルが起きて、みんなで徹夜に近い状態で知恵を絞り合ったり、お客様と一緒に頭を抱えながらも最後まで粘り強く対応したり……。

西山: そうなんですよ。お客様からお叱りを受けたり、ピンチに陥ったりした時こそ、逃げずに目の前の仕事と向き合って、必死に食らいついていて、他社が原因のトラブルまでフォローする。そうやって最後までやり遂げたときに、お客様から「次もまた君にお願いしたい」と言っていただける。そういう経験が、結局は一番の信頼関係に繋がったりしますからね。

佐川: まさにそうですね。その積み重ねこそが、エンジニアとしての誇りであり、シー・エス・エスの価値そのものだと確信しています。西山さんが長年、多くのお客様から絶大な信頼を寄せられてきた理由は、まさにこの「逃げずに最後までやり抜く誠実さ」にあるのだと改めて感じました。

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4. 100年続く会社へ。これからのシー・エス・エスに、次世代へと託す想い

これからのシー・エス・エスを担う若手社員に伝えたいことはありますか?

西山: お客様から「一番信頼され、真っ先に相談されるパートナー」であり続けてほしい。そのためには、プロとしてお客様以上に考え抜く必要があります。

佐川: 西山さんが体現されてきた、あきらめない姿勢ですね。

西山: そうですね。誰かに言われた通りにするのではなく、「お客様や、自分たちにとって何が最善か」を主体的に考えて、今の若手にはどんどん「自分」を出して挑戦していってほしいです。

佐川: 本当にそうですよね。若いメンバーたちには、失敗を怖がらずにどんどん新しいことに挑戦していってほしいですね。彼らが安心して挑戦できるように、まずは私自身が誰よりも先頭に立って新しいことに向き合い、全力で頑張っていかなければと、改めて身が引き締まる思いです。

 

5. 37年分の感謝を込めて。故郷・北海道から、新たな人生の旅路へ

退職後の楽しみについて伺わせてください。

西山: まずは車で北海道を一周しようと思っています。若い頃は都会に憧れて出てきましたけど、今は改めて故郷の自然を巡りたいですね。

佐川: 車好きの西山さんらしい、素敵な計画ですね! 37年間、会社のために走り抜けてきて、ようやく大好きな車に乗って自分のための時間を使える。本当にやりきったからこそ、選ぶことのできた晴れやかな決断だと思います。

西山: 最後に、これまで支えてくれた社員の皆さん、パートナーの皆さん。50年という節目のその先へ、シー・エス・エスを100年続く会社にしていってください。頼みましたよ。

佐川: 西山さん、37年間本当にありがとうございました! 西山さんがこの37年間、どんな時も諦めずに道を切り拓き、私たちを支え続けてくれたからこそ、今日のシー・エス・エスがあります。西山さんの背中を見て育った私たちが、その強いバトンをしっかりと受け継ぎ、次の50年、100年へと繋いでいきます。

さいごに

西山さん、37年間本当にお疲れ様でした!いつも気さくに声をかけてくださる西山さんがいなくなるのは本当に寂しいです(涙)。対談を通じて、西山さんが築いてこられた「目の前の仕事に向き合う姿勢」や熱い想いを引き継いでいきたいです!これからの第二の人生、大好きな車での北海道一周ドライブ、思いっきり楽しんできてくださいね!

この記事の著者

清水 麻友[Shimizu Mayu]

株式会社シー・エス・エス
デジタル・マーケティング本部 所属
2025年入社

今年、来年くらいで、北海道に流氷を見に行きたいです。